夏休み

夏休み終わりに近づく頃私達家族5人を乗せた車は長野から東京へ。

名残惜しくばあちゃんに手を振って・・離れてゆくのがせつなくなる。

夏の思い出をいっぱいくれた

せみのこえ、濃い緑のざわめき、焼ける日差しに蜃気楼の線路。

トノサマバッタの飛んでゆくカチカチ音

山から田んぼを流れて、千曲川に注ぐつめたくきれいな水

回りで生きてる全てが日差しと水を共有していた、

太陽と澄み渡る水でつながった家族のように離れたくない。

野菜と汚れた手足を洗った金だらい、横ばあの家の蛇口から

あぶくがきしみ音をたてながら贅沢に豊かに使った水。

東京に近づく頃もう21時を回る、後部座席で兄弟3人はまどろみ夢の中へ

父と母が語らう声、昭和の車

メーターのチャイム「キンコン」が不規則に、とぎれとぎれ鳴るのが聞こえる、

一定の間隔で高速道路の継ぎ目をまたぐ振動音、

タイヤのノイズ。

家路まで続く照明がぐるりぐるりオヤジの輪郭を繰り返し繰り返し

照らし出している・・

父が連れて行ってくれた夏休みの旅。

父の背中のハンドルを握るシルエットが好きだった。

娘の肌荒れの原因は洗剤のこり?

長女は2018年冬2歳3ヶ月になります、去年の今頃はひどい肌荒れで朝晩と保湿の為にワセリンやステロイドの少し入った軟膏を毎日毎日ベトベトに塗って過ごしていました。

今冬、少し肌強くなったかな?と様子をみていましたが乾燥と低温が厳しくなってくると、、カサカサになってきて痒がり始めました。

ふと裏起毛の生地の服の洗剤のこりが気になり、お世話になっている洗剤を悪者にするつもりはないのですが、かみさんに「冷水ですすぎがうまくできていないのかもしれない、夏に比べたら極端な皮脂汚れもないのだから冬場は子供服は洗剤なしで!水洗いで洗濯機をまわそう!」

と提案、かみさんはしっかり実行してくれて感謝。

夏場も肌への刺激を気にして洗剤は少な目で洗濯機を回していたのについに洗剤なしで

4,5日肌着のローテーションも水洗いで回り出す頃長女を休日にお風呂にいれるとだいぶスベスベに肌がなっています。

かみさんも実感してきている様子で、進んで水洗いを実践、ひどい汚れ例えば油やら泥がついたときだけ部分洗いはしても冬季は基本水洗いを続ける事で合意しました。

遠い昔、自分に命を運んでくれた彼

子供をお風呂に入れて、夕御飯を食べさせた後に静かにドアを開けて夜のランニングに出かける。

風は涼しく汗ばんでくる体を熱がこもらないように丁度良く冷やしてくれる。

40分程走ったところで一度水分を補給して階段の上り下りで息上げをする。

10分も昇り降りする頃には息がきれて苦しくなってくる…いつもなら段々と体がしんどくなってフォームもくずれてくる頃、今日はふと上げた膝と振るコブシが中心、おヘソに集約する感覚にとらわれる。

おヘソ、かつて息のできない母親のお腹の中から外の世界に出てくる寸前まで栄養と呼吸の代わりに酸素を届けてくれていた胎盤と繋がっていた、おヘソ。

かつてこの場所を頼ったんだ、ここから外に行く為の準備をした。

胎児が外へ、光り輝く外の世界へ放たれたことを見送るまで母親に食らいついて血液酸素を送り届けた胎盤

もう何十年もまえにこの世からいなくなった彼、でもココに命を繋いでくれた彼の跡がある。おヘソ。

一緒に乗り越えたあの生まれるまでの試練より大変な事ってあるのかな?

少し思い出したのかもしれない、一緒に協力して心拍数を上げて乗り越えた、苦しいでもそこへ行きたくて行きたくてたまらないみんなに逢いたくてたまらない、希望に満ちあふれた試練を。

学び実践する

我が家の2歳はいまモノの名前を覚えることに一生懸命です。

覚えた呼び方を実際に聞いて貰いたくて仕方ない、聞かないとお手ててではたいてきて「聞いてよ」と迫って来ます。

あか、あお、黄色…

アリさん、鳩…わんわん…

繰り返し繰り返し指差して本を一緒に読んできました。

外に行ったときに咲いているお花を指差して「あか」と黄色い花を呼んだり外れる事もしばしばだったのが

ここ一週間、正答率が飛躍的に向上してきました。

あか、と黄色、スペクトルの中のオレンジもちょっと教えただけで

外のオレンジ色のお花を「おれんじ」と言い当てたり

テレビに映る映像にオレンジが主であれば「おれんじね」と

覚えて言い当てるスピードが早い。

カエルさんを覚えれば初めて見せるワニを「カエルさんね」と

特徴を捉えることも上手になってます。

「そう!両生類と爬虫類、近い。いいね合ってるよ」

親バカてすが…

覚えた事を実際に「使う」ことがスキルの定着に絶大な効果をもたらすのは良く言われますが

小さい子供が自然にする能力にそれが当たり前に備わっているのに感心です。

体調が崩れたときこそ、食べ物は命なんだとを思い出す。

あぁ自分はより大きな存在に取り込まれたときにそのなかで

そこを支えようと懸命の力を発揮するのだろうか、

いま体の中で再び生きようと自分の体を支えてくれる

命たち、尊い命たち。

ありがとう、私はまだ生きなければ行けないんだ

そう私は支えないとならない、泣いてすがってくる新しい命を預った

命を束ねて私はまだ立ち続けないといけない。

季節の変わり目

お彼岸を境に急に気温が下がり肌寒い日が続きます。

暖かくしてグッスリ眠れるので疲れは取れそうなものなのに、

ここ数日何故か体が重だるい。

暑い夏には忙しい間の時間でもジョギングに行く頭と体の切り替えができたのに、、もう一週間開けてしまった。

どうも体が気候の変化についていけてないのかもしれない。

習慣が途切れるのも季節の変わり目と体の順応性が関係しているかも

寒さに備えた装備を用意して、遅れながら変化に合わせて習慣の継続に取り組みます。

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